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凶器はしる。  

2012年 05月 16日

春先あたりから、児童の登校の列に車輛が突っ込む、
という凄惨な事件が多発している。
残念なことながら、自動車事故は絶えず起きており、
一向に発生率が落ちる気配もない。
また、エコ社会のために自転車を利用しようという
スローガンが高らかに謳われる。
それにともなって、自転車の加害・被害事故も
急増している。
制度やインフラが整っていないことも影響
していると思うが、それだけでなくおそらく
自分勝手な運転が横行しているのだろう。
自転車が重くなるからと、ブレーキや灯火の
部品を外したり。音楽を聴きながらの運転もご法度だ。

私たちの生活を便利にしてくれる機器であるが、それはまた
凶器となりうることを強く心に留め置く必要がある。

最近、車輛事故に出くわしかけることが多いので、
何となく気になってこんなエントリを綴った次第。

# by gyaxin | 2012-05-16 22:10 | my, thought | Trackback | Comments(0)

見かけがそうだからと言って,禍々しいとは限らない。  

2012年 05月 15日

職場で本を紐解いていたら、メモの上を赤くて小さな蜘蛛のような虫が
ちょろちょろと徘徊していた。その色が鮮やかだったので、
これは害虫ではないかと訝り、思い切って潰してしまった。
赤い虫は潜血など出すことなく、見事に潰れた。

それから気になって調べてみると、どうもタカラダニというらしい。
ダニの仲間ならば退治して良かったと安堵したものの、説明を読み進めると
害虫ではなく、花粉を食べて暮らす長閑な連中だとか。
これは悪いことをした。
GWが明けて、暖かくなってきた頃に出現するというが、これまでほとんど
見たことがない、と思う。
次見かけたときは、そぅっとほっておくこととするか。

タカラダニについて

# by gyaxin | 2012-05-15 16:23 | F! F! F! | Trackback | Comments(0)

地方をもっと知る。  

2012年 05月 14日

ワタシは鎌倉生まれで、これまでの人生の多くを東京、神奈川で
過ごしてきた。ワタシの認識は都会によって形成されている。
仕事柄、地方を訪れることは多かったけれど、
新潟に来て本格的に地方を知る機会を得た。

今日もとある地域をめぐり、さまざまな団体に赴き、そこの人々と
語り合ってきた。朝から夕暮れまで、ランチをとる以外はほぼ
ノンストップ。しかし疲れはあまり知覚しなかった。
人々が語る想い、取り組みに触れて、脳からアドレナリンが出ているのが分かった。

まだ日本は都会至上主義が多勢。
ヒト、カネ、モノ、ジョウホウは圧倒的に都会が握っている。
もちろん、都会の楽しさは魅惑的で、ワタシも否定しない。
未だにそれを愛している。
一方で、地方には地方の楽しさもあるし、都会の身近なできごとを
支えている技術や要素は、地方のある企業が造っていたりする。

現代を生きる我々は、アウトプットにのみ目が行きがちだけれど、
プロセスには工夫が凝らされていて、一見地味なようだが
そこにはワクワクさせる要素がゴマンとある。
それを魅力的なものだと披見することで、地方は立ち位置を
明確にすることができる。
リトル・トーキョーを作ったり、それができないからと諦めるのでは
のうがない。

ひとりの盟友は「地に足着けて、頭は天を突きぬけろ」という名言を
ワタシが地元を離れるときに送辞してくれた。
この気概をもって、地方と関わりたい。


# by gyaxin | 2012-05-14 22:27 | my, thought | Trackback | Comments(0)

甘く苦い彼の人の土台-『紳士協定』-  

2012年 05月 13日

良き友、というのはお互いの傷を舐め合ったり、
馬鹿騒ぎをするだけでなく、時に心にナイフを突き立てて
苦悶させたり、先を行って焦燥感をもたらす存在を言うのだろう。
そこにはもちろん、友を苦境に陥れようとする意図はない。
そういう存在との巡り合いは、人を著しく成長させる。

元・外交官の佐藤優氏。
その卓見や今を冷徹に見据える視座には、感心させられている。
彼の人には外交官に成り立ての頃、ふたりの良き友との出会いがあった。
ひとりは12歳の英国人の少年、ひとりは同期。

少年との日々は、若き佐藤氏に任地での安らぎと、さまざまな気づきを与える。
文化の差異、日本の立ち位置、先の戦争の捉え方。これらは皆、外交官という
職業を目指した時点で分かっているようでいて、実際に異国の人々と深く
付き合うことで、佐藤氏に異相を見せる。

父親が叩き上げの外交官である同期は、冷静に物事を捉えている。
英国での生活や食事についてウイットに富んだアドヴァイスをしながら、
深く異国の人々と関っていく佐藤氏に警鐘を鳴らす。
佐藤氏が持つ他人の心理への洞察力が、いつか外交官としての彼に
災禍をもたらすと。

佐藤氏が描くふたりの友との日々は、ウエットなものではなく
さわやかでいて読後に寂寥感をもたらす。
それは文体もさることながら、佐藤氏とそのふたりの友とのその後は
とても切ないものだから、ということも影響している。
佐藤氏にとってふたりの友との邂逅は、心に痛みをもたらしたもの
かもしれない。けれども、それなくして彼の今は、その成長はなかったの
かもしれない。
青春の形容詞である甘く苦い。
使い古された陳腐な言葉なようでいて、佐藤氏の告白はまさにそれを貫いている。

# by gyaxin | 2012-05-13 21:51 | artistic review | Trackback | Comments(0)

娘は謳う,その意思を。  

2012年 05月 12日

ここ二三日のあいだ、娘の発話するセンテンスが急に長くなった。
内容は無論、推察するより他ないけれど、強固な意思は感じることができる。
倅が発話したときは、感動のあまりケータイの録音機能を使いどおしだった。
娘の場合、慣れっこになっていたのでさほど録音していないが、
この強固な意思を留めおこうと、今になってボタンを押しているところであります。

# by gyaxin | 2012-05-12 21:01 | friends&family | Trackback | Comments(2)

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